卍ブログ

のうみそ文章置き場 ポエム

色彩を欠く

私はどこに行くにも本を持ち歩く習慣がある。梶井基次郎の’’檸檬’’もその一つだ。

 ある男が気力を失い、世界から色彩を無くす。裏路地の八百屋でレモンを買い、その艶やかなレモンイエローに想像力を刺激され、自由を透かし見て、慰めを得る。そういう話。

 世界から、あるいは自らから色が失われてしまったような感覚はきっと大勢がより内面的な部分で、それを感じたことがあろう。

 

 別に初めての経験というわけではない。世間を見るに、どうやら私は色々と問題がある人生を送っている方だし、心の面で多くの問題に遭遇してきた。

 一回目は寝込んだ。二回目以降は新しいことを試した。奇妙なことから、いかにも道理っぽいことまで。 しかしいまだに、わからない。

 

昔は世界が鮮やかだった。問題もあったがそれが自分を形作った。夏の揺らめきを愛し、その匂いが好きだった。水の張った水田に空が映り込み、鏡の国にいるようだった。 冬の厳しさも好きだった。アクリルガッシュの白絵の具を雑に塗り込めたような景色。手足がかじかんで温かいお茶が全身に染み渡った。

 世界は今と比べるべくもないほどに多彩だった。

しかし今、夏はただ暑く、冬はただ寒い。春は花粉が気にかかり、秋は暗くて窮屈だ。鏡の国は失われ、アクリルガッシュは中学を卒業するときに捨ててしまった。

 

 きっとみんな子供の頃は面白い人になりたかったはずだ。個性があり、ユーモアに溢れ、確立された一人の大人。きっとあなたもそうだったはず。